「最初の一人」をどうやって探し出すか?

なぜ見つからないのか?

僕と同じような考えの人がはたしているのだろうか? そこに自信が持てない。 これだけ探してもいないということは、もしかしたら、いないのかもしれない。
でもそうも思えない。 探しても見つからないのは、彼らが「埋もれている原石」だから。 そう思えてならない。
彼らはテレビにも出ないし、本も書いていない。
そういう連中のなかに、僕の同志がきっとたくさんいる。 普通に暮らしている人たちの中に求めている人たちはいるはず。
どうすれば彼らを見つけ出せるのだろう。

「原石」は数多く存在するだろう。
しかし「磨かれた宝石」が存在するかどうか。

「最初の一人」は今はまだ日本中どこにも存在していない。
はっきりそう思い定めたほうがいいかもしれない。
「最初の一人」は、これから育つ。

この社会に探している人物がいないのであれば、僕自身が最初の人物になればいい。 出会えないと幻滅するのでなく、自分自身がそうなればいい話。
探し求めている人物に、僕自身がなればいい。
探している人物がいないんでれば、僕がなればいい。

君はずっと仕事のパートナーを探しているけど、なかなか見つからないね。なぜだろう?

「この人と一緒にやりたい」って思える人が見つからないからだよ。
これは僕の本音だ。僕はね、一緒に仕事をする人には妥協したくないんだ。
なぜなら誰と一緒に仕事をするかが、仕事の質を決めるうえで一番大事な要因だと思ってるから。
僕がやろうとしていることは、とても特殊な領域の仕事で、誰でも出来る仕事じゃない。
またパートナーシップがとても大事になる。
また別のところでも説明するけど、新しい知性の使い方をしなければならない。
そのときもっとも大事な資質は、「本質を見極める力」なんだ。
この力が優れている人を、僕は探している。

新しい知性の使い方・・。もうちょっと詳しく説明してくれないかな?

詳しくはまた別のところで説明するけど、一言で言うと「想像力の共有」ってこと。
世の中を変えるという命題は、個人の努力では到底立ち向かえない。
個人の想像力では歯が立たないんだ。
それが証拠に、世直しがしたいって言っている個人や団体を見ればわかるよ。
本質的な協力関係が築けていない。みんな自分勝手にやっている。
想像力が個人レベルなんだよ。結局「自分」がまず大事なんだ。
本当に世の中を良くしたいと思えば、自分の存在よりも、世の中のほうが大事になるはずなんだ。
そうなれば、たとえ自分が損をしてでも協力し合えるはず。
少なくとも僕はそういうスタンスの人間だよ。
でもそういう人って、本当に少ないんだよ。
僕はそういう人を探してるんだ。まだ見つからないけどね。

なるほど。 君はずっとそういう人を探しているよね。
でも君のアンテナにはいまだ一人もひっかかっていない。なぜ見つからないんだと思う?

数はけっこうたくさんいるはずんだよ。
ただね、概念として成立していないんだ。成功モデルがないんだよ。
そういう資質を持っている人でも、自分にそういう資質があるってことに気付いていない。
以前の僕がそうだったようにね。
僕が言っている話というのは、今のところ日本中たぶん僕しか目指している人がいない。
僕はね、自分と同じ方向性の人を探そうと思って、いつもアンテナを張ってる。
本を読んだり、ネットで検索したり。
でもね、同じ方向性の人すらほとんど皆無なんだ。

方向性が同じ人すらいないの?
宝石の原石と同じなんだ。見た目で判断がしづらい。
僕が「この人は・・」って感じた人は、みんな発展途上の段階の人たちなんだよ。
社会的に活躍している人で、僕と同じ方向性の人って見たことがない。
みんな原石なんだよ。自分が輝きを秘めていると気付いていないんだ。
だから呼びかけても反応しない。

原石がいないってわけじゃないんだね。
何か良い探し出す方法、ないのかな?

僕が考えているのは、「研磨装置」を用意することなんだよ。
原石を磨きあげるための装置があれば、原石かどうかを試せるよね。
それが「考える環境」ファームなんだ。
ファームを作ることで、新しいタイプの環境を作りたいんだ。
そこでは、原石であるかどうかが試される。
原石であれば、おのずと磨かれていくようにさまざまな工夫がされている。
そういう環境を作ることで、そこにたくさんの原石を呼ぶことができる。

もうその装置はだいぶ出来上がっているのかな?
それともまだほとんど出来上がっていないのかな?

その装置はね、ほとんど実現可能な状態になってる。
ただ問題があってね、装置を運用する側の人間が、決定的に不足している。
この装置はおそろしくデリケートなもので、扱い方が難しいんだ。
一番最初の話に戻るけど、僕がパートナーを探している理由は、
この装置を一緒に作って、一緒に運用するためなんだ。
一人では限界があるからね。どうしても中核を一緒に担ってくれる仲間が必要なのさ。

信義を結ぶ

たった一人でいい。
本当にわかってくれる人と出会いたい。

「好きになる」ではなく、「惚れる」。
それが以心伝心クオリティ。

惚れるほどの人物は、自分の暮らしを犠牲にしている人。
自分の暮らしを守ろうとしている人に大事は為せない。
腰が引けるから。自分たちの生活を優先して、本質を貫けない。

人が人に惚れるのは、理屈に対してではない。
その心意気に惚れる。

ムーブメントの方向性としては、大きく2つのものがある。
・不特定多数の人の賛同を集める。
・本当にわかってくれる小数を集める。
以心伝心は間違いなく後者の方向性。

世の中を変えると称した活動の多くは、不特定多数の人に訴えかけようとする。シンポジウムを開いたりする。
世の中の多くの人に認識してもらうためには、当たり障りのない内容にまとめないといけない。
広く浅く表現することで、まず興味をもってもらう。入口を低くして、なるべく多くの人に関心を持ってもらう。

以心伝心が目指すのは逆。
入口をなるべく高くして、入っても迷路のようなつくり。
「自分の感覚を持っている人」じゃないと、何を言わんとしているのかつかめない。
それでいい。そういう構造にしてこそ、本当にわかってくれる一握りの人と出会える。

「命を惜しまない、金を求めない、名前を求めない。」
この3つは自分に対してだけでなく、多くの他人にも訴える必要がある。 自分がもっとも馬鹿な部分をさらけ出して、自分を解き放つ必要がある。
あんな人間がいるのだから、私も馬鹿になってみよう。そう思って付いてきてくれる人が現れるのではないか。
どうせ馬鹿な自分を晒すのなら、もっとも強烈な馬鹿さ加減を晒そう。 それは僕の心を解放してくれる。
たった一つ自分が誇れる、最強の馬鹿さを晒せ。
名もいらぬ、金もいらぬ、命もいらぬ。
その心を正直に晒せば、一瞬で自己紹介ができる。
僕をもっとも表す本質を、他人に一瞬で伝えることができる。
そこで乗ってくる人は、面白い人。

以心伝心がどうしても必要、という人とだけ付き合う。
僕のことを絶対的に認めてくれる人、そして必要としてくれる人。 それはその人の利己的な動機ではなく、社会全体から照らした動機であること。
そんな人とだけ関係を作っていくべき。信義を結んでいくべき。

本性で生きる。
本音でなく、本性。
自分の本性をさらし、相手にも本性をさらすことを求める。
自分の本性を隠している人とは付き合わない。

一期一会を前提に、会ってもらう。
実際に会って話さないと、本性がわからない。
テレビや本で良いことを発信していても、本音がどこにあるのか、どういう価値観の人なのか、話をしてみないとわからない。
だから、一度でいいから会ってほしい。その際、僕は自分のビジョンをぶつける。
そこで本当に世の中の変革を望んでいる人なのか、
それとも立場上そう思い込んでいるだけなのか。
見極めたい。
はっきりとそういう前提を提示したうえで、会ってもらう。
それで断ってくるんなら、それまでの人間。
その人には、自分以外の本物と出会いたいという情熱はない。

直観的に理解してもらえなければ意味がない。
理解するには、巨大な暗黙知の蓄積がいる。
時間をかけてわかってもらうことは不可能。
分かる人には、最初の5分で伝わる。
僕も最初の5分で相手を理解できる。
出会いとはそういうもの。

以心伝心の事業をどこから進めるか?
本物たちと「信頼関係を築く」ことだと思う。
どんな仕事が出来るかは、信頼関係によって決まる。 心から信頼してもらえれば、どんな取材だって出来る。 信頼してもらえなければ、時間を割いてもらうことも、大事な情報を開示してもらえない。
僕が目指すべきは、僕が考える「本物」の人に、一人でもいいから、心から信頼してもらうこと。
その信頼関係がベースになって、その後の展開が容易になる。 ターゲットたちに具体的な内容を示すことができて、人を集めやすくなる。

僕は本に書かれていないことが知りたい。
取材することで、タブーに切り込みたい。
どこまで表現していいのか。それを見極め。合意のうえで社会の真実を表に出したい。

僕は、若い世代への翻訳作業を行う。
今改革に本気で取り組んでいる大人たちがいる。
彼らが伝えたいこと、知ってほしいと望んでいることを、若者世代に向けて翻訳作業をする。

本質を教えてもらう代わりに、他の産業の本質を伝える。
どうすれば抜本的な解決に結びつくのか、一緒に考える。
また異なる分野の人たちが、共同で何かを行う仕掛けを行う。

同じ産業内、業種内で、本物同士が協力し合ったとしても、おそらく限界がある。
たとえば志ある医師たちが、医療業界の体質を変えようとしても、限界がある。
他の産業も同じ。垣根を越えて、協力し合えば、不可能も可能になる道がきっと見つかる。

僕に必要なのは、心からの信頼関係。
信頼よりも、信義。
僕は自分が違和感を抱くことに正直でいたい。
無理やり「この人は本物だ」なんて思いこみたくない。
根掘り葉掘り、ヒアリングさせてほしい。
この国の将来ビジョンにつながる、可能性や問題の本質を教えてほしい。
僕は若者たちにそれを伝え、他の産業の改革者たちにそれを伝えたい。政治家として。

インターネット上に「定置網」を仕掛ける。

大物だけがかかる、目の粗い網

たとえばこのサイトがそう。
この文章を読んでもらうことで、同じ考え方の人からのアクションを待つ。

「たった一人」と出会うためには、「誰からも理解されなくてかまわない」というレベルの表現が必要。
誰かから理解されたいという気持ちがあっては、僕を本当に伝えることはできない。

PULL化戦略コンテンツ

本物についての情報発信

リンクや検索から集まってくる。

梅田ノマド で探し出す。

梅田ノマド」を通じて、 最初の一人を探し出す。

どれだけ努力を共有できるか。
口先だけで変えたいと言う人は無理。

質の高い努力を、日々共有できる相手。
それが「最初の一人」としての資質。

徹底的に考えを深く掘り下げること。習慣的に。
自分という存在以外の、世界に目を向け、限界なく吸収すること。空気を吸うごとく。
他人と議論するのでなく、自分と議論すること。自分の本心を向き合うこと。
世界のあらゆる物事について、その本質を掴みとること。終りのない学び。
世界を背負う気概を維持すること。

想像力を共有できるかがポイント。
世界中の情報を理解し、公平で曇りの少ない世界観を持ちたいと思って、日々努力する。
その日々の思考努力に付いてこれるか。

「世界に 変化を望むのであれば、自らがその変化になれ」
                    (ガンジー)

このガンジーの言葉に凝縮される。
この世の中を本当に変えたいのであれば、まず自分自身が
身をもってその「変化」そのものになることを目指すべき。
目指す改革を、自らの身をもって、自らの人生をもって、実践すべき。

具体的にどんな努力か

マインドビッツの共有。
コアメンバーの絶対条件。
世の中の具体的事例を共有し、問題意識を共有する。
議論の必要が激減する。以心伝心で意思疎通が可能になる。
何をやるべきか、言葉にしなくても分かり合える。

マインドビッツを共有したうえで、何が大切か、何をやるべきか、議論する。
世の中の現状を知る努力をせずに、いくら議論を重ねたってマスターベーションにすぎない。
その場だけの感傷や水かけ論ばかりが目立つ。
以心伝心では、マインドビッツを日々構築する努力をせずに議論に参加することは認められない。
話をする意味のない相手、とみなされる。

一番強い人、一番重視する人には、もっとも厳しく接する。
甘えなんてお互いに許さない。
深く掘り下げていく過程での葛藤や不安で落ち込むのはいい。
苦しさで立ち止まって休むのはかまわない。
でもそうじゃない理由で甘さがあるのは許せない。
目指すところが口先だけだったり、覚悟が弱かったりなどということがあれば、僕はその人を見限るだろう。
逆に僕自身にそういう弱さがあれば見限ってもらってかまわない。本当に厳しい切磋琢磨を望んでいる。

その人自身が自分で判断する。

その人は「どうしても一緒にやりたい」と望む。
是が非でも一緒にやりたいと願う。
誘う必要もないし、説得の必要もない。ただ冷静に説明すればいい。

人と出会うときの心掛け。
僕を認めてくれる人を探すんじゃない。
僕のことを認めることができる人を探す。
無理して認めてもらう必要は一切ない。
「おお、こいつはスゲエ!」と心から驚いてくれる相手。

「ああ、そういうのもいいかな~」程度の反応では駄目。無理。
ずっと求めて求めていて、ようやく意味がその人のなかで繋がる瞬間。
何を差し置いても、その活動に参加したいと思えるもの。
それくらいの衝動、情熱がないと、一緒に活動するのは無理。

見るべきは、覚悟と熱意。
それだけの情熱と覚悟があるなら、どうしても一緒にやりたいと思うはず。
その心意気は自然と伝わってくる。

理解できるかどうかが大事なのではなく、理解したいと願う気持ちがあるかどうかだ。
以心伝心がやろうとしていることは、只事じゃない。尋常じゃない。
理解できるかどうかなんて、そんな次元のことではない。
能力とは理解しようとする「気持ちの強さ」のこと。

最初の一人 と出会うことを心がける。
僕のことを本当に理解してくれる相手。中途半端な理解はもう必要ない。
判断する時間をなるべく短縮させる。
中途半端な相手はグダグダ聞いてくる。意味がない。相手にしてる時間はない。
最初から直球を全力で投げ込むこと。2、3球投げ込んでみれば、その人の本質が見える。
本当に理解できる相手かどうか。見るのはそこだけでいい。
問題は、理解までのスパン。人間、一度で理解できることと、じっくり時間をかけて理解できることとがある。
以心伝心のビジョンは、理解するのに時間がかかる。大事なのは、「理解できるポテンシャル」があるか。
物事の本質を見る姿勢、本物を見極める目。素直さ。批判的視点。
総合的に人間を見ること。器の大きさ、問題意識の深さを見る。

シンプルに考えろ。
とにかく、「本気で変えようとしている人」と出会うこと。
本心から変えたい気持ちを持っている人。