「考える環境」ファーム(2)

切磋琢磨して成長する。

目の色を変えて頑張る人が、ファームの雰囲気をリードしていく。
頑張っている人たちの中にいると自然と集中できる「集団学習効果」を活用した学び場。

独りで集中することと、周りの雰囲気に乗って集中するのでは、負担がまったく違う。
頑張っている人と空間を共有していると、場の力が生まれる。
お互いの集中が相乗効果をもたらす。

周りに集中している人がいると、集中するのがとても楽。
会計士試験の自習室がそうだった。誰かが必ず必死な形相で勉強している。
その人に負けまいと自分も集中する。乗せられている。
集中するには環境の力が相当大きい。

大原簿記専門学校の自習室で、必死の形相で勉強する人を見て、僕自身心のブレーキが外れた。
「こんな人がいるのか・・・」とショックを受けた。
今まで自分に蓋をしていたブレーキが外れた。もっと自分を開放していいんだ。そう思えた。
同じテンションまで自分を高めようとした。自分が知らなかった自分に気づくことができた。
景色が変わった。人生観が変わった。話をしたこともないけど、彼らは僕にとって恩人。

“目の色を変えて頑張る人が、ファームの雰囲気をリードする。”

以下、ファームの具体的イメージ

ファームで、実際にどんな風に学びが行われるのか。想像しつつ書いみたい。
ファームは、以心伝心のオフィスが入った建物の中にある。オフィスとは別の部屋になっている。

若者が勉強しにやってきた。山本君だ。山本君は、以心伝心の理念に共感し、自分の考えを深めたいと思ってファームで勉強することにした。
彼はファームが開いている日は、基本的に毎日やってくる。ファームはフリーアドレスになっていて、席は決まっていない。
以心伝心に登録している人間であれば、どの席でも自由に使っていい。山本君は自分の席を確保すると、まず以心伝心のオフィスがある部屋に向かう。
今日勉強する素材を見つけるためだ。以心伝心のオフィスは、オフィスとして使われる部分は一部にすぎず、大部分の空間は「図書館」のようになっている。
壁には大きな本棚が並び、以心伝心が集めた選りすぐりの本が何千冊も並べられている。また雑誌も豊富で、主要な雑誌はほとんど揃えられている。
ファームで勉強する人間であれば、誰でも自由に借りることができる。すでに何人かの若者が本を借りるために本棚に向かっている。
山本君も自分の興味をひく本を探すために、本棚に向かった。

彼は最近経済について興味を持ち始めた。大学時代ロクに勉強してこなかったので、経済についてまったく無知に等しかった。
一般教養課程で簿記や経済学をなんとなく勉強しただけで、卒業した現在となってはほとんど何も記憶に残っていなかった。
その彼がなぜ経済に関心を持ち始めたのか。周りの人の影響が大きかった。ファームで一緒に勉強している仲間たちといろいろ雑談する。
そのとき経済に関することもよく話題になった。周りの仲間たちは、経済をよく勉強していた。彼らはみな経済について自分の考えを述べていた。
財政問題がなぜ解決されないのかとか、消費税を上げると景気にどう影響するのかなど、彼らは自分なりの考えを持っていた。
山本君はテレビのワイドショーで観た程度でしか理解していなかったので、ただ聞いているしかできなかった。
そして経済について理解している周りの仲間たちのことが羨ましくなり、また経済について今まで興味を抱いてこなかった自分を恥ずかしく思った。
山本君は経済について勉強してみようと決めた。直観的にだが、自分にとって経済を勉強することが大きな突破口になると感じたからだ。
やると決めたものの、何から手を付ければいいのかわからなかった。彼はいつものようにファームの相談制度を利用することにした。

ファームを利用する人には、勉強についての相談制度が用意されている。相談したいことがあれば、以心伝心のスタッフと個別面談をすることができる。
最低週に一度は必ず相談することがルールとなっている。山本君は申請用紙に必要事項を記入し、申し込みを行った。
次の日の午前中、以心伝心の面談ルームで相談が行われた。今回の担当は小吹さんだった。申請用紙を読みながら、小吹さんは山本君に質問した。
「経済についてどんなことが知りたいんだろう?」質問されて山本君は自分が最近考えていたことを話した。
今まで経済について関心を持っていなかったこと、周りの仲間たちを見ていて羨ましく感じたこと、経済を学ぶことで視野が大きくなるのではないかと思うこと。
思いつくままに喋った。相談のあいだ、以心伝心のスタッフが話を遮ることはない。スタッフたちはみな「聴く技術」をマスターした人たちだ。
相談を受けるときには、相談者にできるだけ話をさせる。スタッフは効果的な質問をしたり、じっくりと聴くことで、相談者の話を引き出す。
聴きながら話の内容をマインドマップ形式でメモしていく。相談者が話し終えたら、また質問をすることでさらに考えを引き出し、深めていく。
面談を始めて30分が経った頃には、立派なマインドマップが出来上がっていた。小吹さんはその場でプリントアウトし、山本君に渡した。
そこには山本君の考えが体系的にまとめられていた。彼が自分で話をした重要なポイントはすべて書き留められていた。

その地図を二人で見ながら、今何をやるべきかを話し合った。今度は小吹さんも考えを話した。
山本君自身は経済学を学ぶのがいいんじゃないかと考えていた。といっても深く考えていたのではなく、経済ならばまず経済学だろうとその程度考えただけだった。
小吹さんはまず簿記を勉強することを提案した。小吹さんが言うには、経済を学ぶためにはまず会社組織を学ぶ必要があり、
会社組織を学ぶための基礎となるのが簿記だということだった。以心伝心では山本君の相談以前に、じつは何度も同じ相談を受けている。
じつは経済を勉したいという相談は、ファームで勉強する誰もが通る道なのだった。当然、経済を勉強するための効果的なノウハウも蓄積されていた。
簿記を学ぶことから始めて多くの若者たちが経済の本質を掴んでいった。簿記を学ぶといっても、資格を取るときのような勉強はさせるわけではなかった。
大事なことは、簿記の思想を知ることだった。テクニックとして学ぶのでなく、簿記の存在理由を学ぶ。なぜ簿記というものが社会において必要とされるのか。
簿記が存在することで、財務諸表が成立し、財務諸表が成立することで、株式市場が成立する。

以心伝心で重視されるのは、いつも「理解のつながり」だった。自分の言葉でしっかりと説明できるようになることが要求された。
計算テストで良い点を取るだけでは優秀とは見做されなかった。小吹さんは山本君に10ミニッツ・プレゼンテーションへの参加を薦めた。
これはファームの講座の一つである。参加者は自分が用意したテーマについて10分間プレゼンをする。この10ミニッツに、簿記をテーマにして参加することを
薦められたのだった。山本君は以前にも参加したことがあったので、10ミニッツ・プレゼンテーションがどういうものか理解していた。
10ミニッツは、発表そのものが大事なのではなく、勉強しやすくするための目標だった。大勢の前で発表するというプレッシャーを利用して、
瞬発力をもって勉強するための仕掛けなのだ。山本君は1週間後の10ミニッツの講座で、簿記について発表することを決めた。

(つづき)

小吹さんは、二人三脚制度の利用も薦めた。これはすでに簿記について理解している人間を山本君のサポーターとして付けることだたった。
1週間のあいだ、山本君にはサポーターが付くことになった。ファームでは、この二人三脚の制度として、あるレベルに達した人間が登録されている。
簿記、経済学、経営学、商法、IT、環境問題、世界経済、金融、歴史、製造業、医療、介護、精神医学、カウンセリング、プレゼンテーション、
聴く技術、ロジカルシンキング、第一次産業など、その範囲は多岐にわたる。

二人三脚の制度を利用すると、サポーターが付くことになる。毎日決まった時間に、サポーターに相談することができ、アドバイスを貰える。
といっても、知識を教えるのが目的ではない。考えを深めるためのコツを示唆することが大事。ファームで学ぶ人間はみな、
「自分の力で考えること」の大切さを知っている。だから安易に教えたりはしない。ファームでもっとも嫌われるのは、「上から目線」に立つことである。
相手に自分で考えさせる人間が尊敬され、いい気になって上から目線で教えてしまう人は軽蔑されることになる。
二人三脚のサポーターに登録する人は、いわゆるスペシャリストではない。そもそもファームで学ぶ目的はスペシャリストになることではない。
ファームで学ぶ目的は、幅広く世の中を理解することである。言い換えると、想像力の欠落部分をなくすこと。無知は、想像力の欠落から生まれる。
無関心が無知を生む。国民が経済について想像しなければ、経済が適切に運営されることはない。国民が法律について想像しなければ、法が適切に運営されることもない。
以心伝心ではそのように考えられる。まず関心が欠落した領域をなくすことが大事。関心を向けることができれば、人はその後自分自身の力で学んでゆけるのだから。
話を山本君に戻すと、山本君が簿記を学ぶのは簿記をマスターするためではない簿記の3級とか2級とかに合格することがゴールではない。
山本君が自分の言葉で「簿記の本質」を語れるようになるのがまず目指すべきゴールなのだ。

言ってみれば、以心伝心で目指す学びは登山口がたくさんある山のようなもの。どの入口から登ってもいい。
登っているあいだに、必ず他のことに関心が向くようになる。ある程度登ったら、麓に戻る。そして別の道から登り始める。
以心伝心が目指すのは山の頂点に到達することではない。目的は、山の全体像を把握すること。どこにどんな森があって、どんな湖があるのか。
喩えとして適切かどうかわからないが、ニュアンスとしてそのような感じだ。
普通、山を登るとき、頂上を目指す。競争社会では、誰が一番早く頂上にたどり着けるかが競われる。以心伝心が目指すのは、そういう個人レースじゃない。
以心伝心が目指す山は、富士山のように巨大な山である。コンパスの利かない、すそ野に樹海が広がった険しい山だ。
その山の全貌を手分けして把握することが目的。地図を作るのが目的といっていい。世の中をどのように変えてゆけばいいのかというビジョン。
それがみんなで目指す共通目的。そのために学び、成長する。自分一人がさっさと登ればいいというものではない。
以心伝心が目指す「新しい学び」の方向性、伝わるだろうか?

話をふたたび山本君に戻す。山本君はさっそく簿記の勉強を始めた。まず彼は簿記についての本を探すことにした。
以心伝心のライブラリを探すと、簿記に関する本が数十冊も並んでいた。どれも分かりやすそうな本だ。これだけいろいろあるとどの本を選べばいいのかわからない。
ただ彼は前もってある情報を得ていた。それは以心伝心の蔵書についての書評サイトで得た情報だった。ファームで学ぶ人向けに、ウェブ上での
サポートシステムが構築されている。そこではファームで学んだ人間がさまざまな情報を書き込んでおり、そのなかに蔵書についての書評のコーナーがある。
簿記で検索すると、簿記についての蔵書一覧が表示され、かつてその本を使って勉強した人たちがそれぞれ批評を書き残している。
星5つで評価され、また文章力や図解のわかりやすさなど幾つかの指標によって段階評価されている。この書評欄を見れば、どの本がすぐれているのかだいたいわかる。
大勢が高い評価をしている本を選んでおけば、まず間違いはない。山本君は自分に合いそうな本を数冊選び、購入手続きを済ませて自習室に戻った。
(以心伝心のライブラリでは本を買うことができる。参考程度に読むためであれば借りるだけでいいが、本腰を入れて学ぶ本は購入するべきだ。以心伝心では
そう考えられている。なぜなら自分の本であれば遠慮なく線を引いたり、書きこんだりできるから。借りた本では本に対する遠慮の意識が生まれ、集中の邪魔になる。)

さて、席に戻ると山本君はさっそく勉強を始めた。一番取っ掛かり易そうな本を選んで、読み始めた。彼はすでに半年間ファームで勉強をしているので、
勉強のコツはだいぶ掴んでいる。本の読み方も心得ていた。最初から順に読むようなことはしない。まずパラパラと斜め読みをし、重要そうなところをマークしてゆく。
重要ポイントをまず洗い出すことから始める。以心伝心で何度も指導されて、彼は「全体から考える」という姿勢を身に付けつつあった。
彼は重要なポイントを書き出していく。損益計算書、貸借対照表、試算表、勘定科目、決算整理仕訳、費用収益対応の原則、原価償却・・・。
山本君は重要そうなところをどんどんと書き出していく。良い本というのは重要なポイントをわかりやすく示してくれているものだ。
未知の分野であっても、ポイントを洗い出すことはさほど難しい作業ではない。彼の表情を見ていると、彼がしっかり考えながら勉強しているのがわかる。
「これはなんだろう?」という疑問の意識が常に動いている。関心がきちんと働いている。勉強はまず関心を持つことから始まる。
関心を向けることができれば、知識はおのずと入ってくるもの。逆に関心が働いていない勉強は、思考が停止しているのと同じでいくらやっても無駄だ。

山本君はまず全体像を理解しようと頭を働かせていた。ぼんやりとでもいいから、まず全貌を掴もうとしていた。
ポイントの洗い出しを行いながら、同時に相関図を作った。何と何が関係しているのか、マインドマップ形式で書いていった。
こういうやり方というのは、ファームで学ぶ者なら当たり前のことだった。ファームに入るとまず勉強のやり方について徹底して指導された。
本の読み方、思考の整理の仕方、記憶の性質についての理解。最初はよくわからなかったが、勉強するうちにコツがわかってきた。
また周りのみんなも同じような学び方をしているので、ファームにいるとそういうやり方が当たり前だった。
実際、ファームで指導された学び方で勉強すると、集中しやすく、何より楽しかった。これが自然な学び方なんだと思えるようになった。

山本君は3時間のあいだ、没頭して勉強し続けた。そのあいだ、簿記とは何なのかひたすら考え続けた。彼は自分の思考の主導権を「本」に渡さなかった。
常に自分で考える意識を守っていた。本はあくまで補助にすぎず、自分の想像力が働いていることが何より大事だった。
以心伝心に来て学んだ、もっとも大事なことだった。想像力を能動的に保つこと。その意味を何度も教えられ、今では山本君はその意味は理解できていた。
想像力が受け身になると、思考は停止する。相手の土俵で考えてしまい、自分では何も考えていない。そういう状態では集中力が続かないし、何より楽しくなかった。
山本君は勉強しながら、ひたすらペンを走らせていた。彼は頭に浮かんだ疑問や考えをすべて書き出していた。
相関図はどんどん広がり、そこには彼が考えたことが結び付けられていった。3時間が過ぎたとき、彼は簿記についてなんとなく理解できるようになっていた。

(さらにつづき)

時計を見るともうすぐ夕方の4時になるところだった。二人三脚の時間だった。彼は勉強をやめて、オフィスのほうに向かった。
今日の二人三脚を担当してくれる児玉さんがすでに用意して待っていた。面談テーブルで1時間の二人三脚が始まった。児玉さんはまず山本君に質問した。
「簿記について今君が思うことを、何でも自由に話してみてくれるかな。」二人三脚は基本的にやり方が決まっている。
サポーターが質問をして、フォロワー(学習者)が答える。サポーターの役割は、学習者が余計なことで躓いていないかを見守ることだ。
流れが停滞していたら、再び流れ始めるようにアドバイスをする。山本君が簿記について喋っているあいだ、児玉さんはじっと集中して耳を傾けている。
これは先ほどの小吹さんと同じだ。以心伝心では「傾聴する技術」が非常に重視され、全員が常にそのマスターに励んでいる。
二人三脚のサポーターである児玉さんにとっては、この場はまさに「聴く技術」の訓練の場でもある。
彼は今まさにナンシー・クラインの本に書いてあった「考える環境」を実践しているのだった。そういう意味ではお互いが学ぶ人間同士なのである。
山本君が一通り説明を終えると、児玉さんはさらに掘り下げる質問をした。「そもそも財務諸表ってどうして必要なのだと思う?」

その質問は山本君にとって考えていなかったことだった。会社が損益計算書や貸借対照表を毎年決算時に作ることはわかる。
その作成のために仕訳があり、試算表の作成があり、決算整理がある。そういう簿記の流れについてはわかってきたつもりだった。
ところが「財務諸表はそもそも何のために必要なのか?」と問われると、彼には答えることができなかった。児玉さんはさらに質問を続けた。
「財務諸表は書類だよね。それを読むのは誰だろう?どういう人たちが、何のために財務諸表を読むんだろう?」 
児玉さんは質問をするだけで、それ以上教えようとする素振りは見せなかった。質問が終わると、ただじっと山本君の様子を見ていた。
山本君はその場で考えなければならなかった。彼は頭のなかで考える。
「そうだ。たしかに財務諸表を作るというのは、何かの目的があるからだ。目的もなしに作られるはずがない。法律で決まってから作るのかな。
いや、それ以前に目的があるはずだ。読むのは誰だろう?役所の人かな。」 
山本君は自分がいま考えたことをなんとか言葉にし児玉さんに伝えた。それは稚拙な意見だった。でも聴き終えた児玉さんに小馬鹿にしたような雰囲気はまったくない。
稚拙な思考こそ、考えを深めるための萌芽であり、次につながるステップであることを知っているからだ。児玉さんは慎重に質問を続けた。
「なるほど、役所で財務諸表の審査が行われていて、その目的で提出されているというわけだね。法律でそう決まってるからと。たしかに筋が通っている。
ではもう少し掘り下げてみよう。役所は何が目的で審査をするんだろう?またその法律って何と言う法律だろうか?」 
ふたたび山本君が沈黙する番である。質問されて彼は考える。
「何を審査するのか?たぶん税金だと思う。企業が払う法人税を決めるために、審査するんじゃないかな。他に目的があるだろうか?
法律の名前?なんとなく商法な気がする。でも根拠ない。これは調べてみないとわからない。」

さて、二人三脚ではこういうやりとりが繰り返される。質問をして、答えて、さらに質問をして・・。ひたすら繰り返される。
この質問の過程で、学習者は「自分が気付いていなかったこと」に気づく。山本君の例でいえば、財務諸表の存在理由についてだ。
質問されるまで彼は財務諸表の中身について考えていたが、その外側のことについては想像することはなかった。
児玉さんに質問されたおかげで、新たな視点を得ることができたのである。また法律について聞かれたことで、財務諸表の裏側にある法律にも関心を向けることができた。
大事なことは、こうやって関心が少しずつ広がってゆくことだ。この二人三脚で、児玉さんが山本君の意見の間違いを指摘することはなかった。
児玉さんが常に意識していたのは、山本君の考えを広げさせることだけだった。先ほどの答えでいえば、財務諸表を読む人というは、役所以外にもたくさん存在する。
会社の経営者が自社の経営状態を把握するためのカルテとして。また会社の株主や今後株を買おうとしている人たちに向けた投資家向け情報として。
銀行にとっては融資をしても大丈夫かというリスク判断の材料として。財務諸表は企業の経営状態を判断するための重要な材料であり、その企業に関心を持つ人たちの
多くが読むものだ。役所の人間だけが読むものではない。児玉さんはサポーターとして当然このようなことは理解している。
しかし児玉さんは山本君に対して正しい答えを与えることはしなかった。間違いに気づきながらあえて説明しなかった。

なぜなら児玉さんが二人三脚の目的をよく理解していたから。二人三脚の場で大事なことは、山本君自身が頭を使って想像することだった。
人から教えられた気づきと、自分で苦労して掴んだ気付きとでは、その質において雲泥の差がある。そのことを児玉さんは自分自身の経験から身に沁みてわかっていた。
中途半端に説明して答えを教えてあげるより、思考に沿って質問を与えてあげることにより、本人にじっくり考えてもらうことのほうがはるかに有益なのだ。
キッカケさえを与えてあげれば、山本君はまた自分の力で学ぶことができる。でも答えを教えてしまうと、それで納得が終わってしまってそれ以上膨らまないかもしれない。
事実、この二人三脚の後、山本君は企業を取り巻く利害関係について自分で学んだ。じつは簿記の本の最初のほうに説明がされていたが、
最初はあまり重要に思えなかったのでスルーしていたのだった。しかし児玉さんに財務諸表の存在意義について質問されたことで、彼は正解を求めて自分で調べたのだった。
そうやって経営者が読むことや、株主が読むことを知った。経営分析という手法の存在を知り、株式制度がどういうものか少しずつ見え始めた。
こうやって自分の力で気づいて理解が深まり始めたとき、学ぶことが本当に楽しくなる。

 

書いていて違和感をもった。
児玉さんは山本君に対して、どこまで説明するのが適切だったのあろう。
人間は一度説明を受けたからといって、それで納得してしまえるほど単純ではない。
財務諸表の存在意義について、児玉さんが知っている情報を教えてあげたほうがいいのでないか?
山本君にとっても、自分の視点の足りなさを指摘され、正しい情報を与えられたほうがその後の意欲が大きくなるのではないか。
またファームの学習者である児玉さんに、このようなハイレベルな指導力を期待するのは無理があるのではないか。そんなことを思った。