考える力が育っていない日本人

見た目は立派な日本社会

立派に見える大人のほとんどは、ある意味ではたしかに立派だけど、 また違う意味ではぜんぜん大人じゃない。
安定的な環境では、とても能力が高い。 ミスをしないし、約束は守るし、確実に仕事をこなす。礼節もわきまえている。
だけど尺度を変えて、不安定な環境に対応を求められるとき、その能力は見事に欠点であり短所になる。

保守的で自分の立場を維持することに必死になる。 新しいことを認めて吸収していこうとする気概に欠けるし、向上心も弱いし、何より自分で決断することができない。
自分たちの思考を限定して、自己合理化して、組織力を駆使して、古いシステムを守ろうとする。

“自分の個人的都合しか背負っていない。 ”

日本人の心の未熟さは、常識と異なる意見を耳にしたときに、はっきりと表れる。
彼らは一人のときには戸惑い、怒る。
大勢のときは互いに顔を見合わせて、嘲笑する。
無意識に他人の反応を探って、そこに寄りかかる。

世の中見渡しても、多くの組織で、くだらない人間が上層部を占めている。 利害の調整がうまくて、上に媚びへつらい、下には強い。
世渡り上手なだけの人間がなんで管理レベルに昇っていくんだ? 彼らに任せたら、世の中がおかしくなるに決まっているじゃないか。

したたかな権力者たち

したたかな社会の有力者たちは、庶民が傷つくようなことは極力発言しない。 テレビとかでもそう。強気をくじき弱気を助ける、みたいに演技するのが得意。
でも思うのだけど、庶民が考え方を変えなければ、世の中って絶対に変わらない。
庶民っていっても、結局一人ひとりの個人のこと。
一人ひとりが自分の生き方を省みて、考え方を改めるところは改めないと、何も変わっていかない。

本質を見抜けない日本人

今の日本では、ほとんどの人が社会の現状に「何かおかしい」「問題がある」 と感じていながらも、日々の忙しさや社会的責任から「仕方がない」と諦めてしまっている。
世の中が良い方向に変わっていくためには、人が変わっていかないと何も始まらない。

社会をただ批判して終わるのでなく、また不満を漏らして終わるのではなく、 「世の中はもっと良くなっていける」という手ごたえや確信を得る必要がある。
さまざまな情報が溢れているが、大量の情報に翻弄されその上澄みしか触れていない。 本質を見抜くというところまでとても到達できていない。

日本社会の問題は、怒りが目先に向いていること。

将来を変革する力になっていない。ビジョンに結びついていない。 国民感情、憤り、将来への不安、現状への不満。そんなものが渦巻いている。
みんなが犯人探しばかりして、目先の満足に浸っている。
怒りは大切だが、将来につながる希望につながるとき、本当の意味で怒りがなくなる。

“「考えることの大切さ」が、ほとんどの日本人に伝わらない。 ”

なぜ考える力を持つことが大変なのか。
世間一般の「考える」ということが崩壊している現状。
自分本位な考え方が横行し、それが一般常識となっている。
きれいごとの蔓延。何が正しいかなど考える習慣がない。
どこかに教科書があって、それをなぞっているだけの思考。
善意、感情論。
日本人は考える力が育っていない。
「考える」ということがどういうことなのか、
日本に住んでいると無茶苦茶悩まざるをえない。

わかっているつもり、知っているつもりで納得してしまう国民性。

問題を認識しただけにすぎない。その先の「知性の熟成」がない。 多くの人は自分は問題意識があるというけど、それは「認知レベル」にとどまっている。 精神的に熟成されたものではない。

ただ知っているだけでは意味がないです。
ただ見聞きしたことがあるだけでは、理解したことにはなりません。 ニュースで見たからといって、理解していることではないのです。
その辺を日本人は大きく思い違いしているように思えてなりません。 自分で深く考え、何が問題なのかを考え抜いてこそ、本当に理解したことになります。

なぜみんな、こんな簡単に納得できてしまうのか?

たとえば事件についての会話などで、いろんな人たちがあまりに簡単に納得してしまうことに、強い疑問を感じていた。
「それは~だからだよ。」、「運が悪かったんだね」、「政治が悪いんだ」、「みんな大変なんだよ」・・等々。

僕が何かについて自分なりの考えを言うと、「みんなそこまで考えてないよ」とか、「深く考えたらきりないよ」と、そんな答えが返ってくるばかりだった。
世間のみんなの頭の中にある物語は、非常に狭い世界観で成り立っているように感じられてならなかった。
論理的な秩序がない。「みんながこうだから、これでいいんだ。」そんな滅茶苦茶な論理で成り立っている。

“日本の大人は、自己正当化の習慣を持ち続けて大人になった人たち”

一般論や正論が力を失い、空虚なものに。

今の人たちのバランスの悪さは、社会を理解することへの不足から生じている。 人間は社会性の中で生きている動物。 自分への理解と社会への理解のバランスがとれるときに、ひとりの人間として自律できる。
このバランスが偏って、自分のことばかりを主張する人間が増えているのが現在の日本だ。 みんなが自分たちの属している世界を認識し、理解することを放棄している。
その結果、一般論や正論が力を失い、空虚なものになっている。 くだらない、想像力の欠如した利己的リーダーがのさばる原因。