掛け合い葛藤(僕は何者か)

 

最強の弱者とは何者なんだろう?
ねえ、僕はいったい誰なんだい?

君はそうだな。まず、世の中を本気で変えたいって願っている、変わり者だよ。
それは間違いない。長い付き合いだから、君のことはよく知ってる。
君は本当に頑固で、一度決めたらとことん貫く奴だ。
たしか6年前の春だったね?君が世の中を変えようと思ったのは。
ちょうど日韓のワールドカップが始まる頃だったね。
君はあのとき28歳になるところだった。
僕は知っているよ。君があのとき何を考えていたのか。
君は気づいたんだったね。君の人生にとって最も大事なことに。
それまでフワフワと生きてきた君だけど、あの時点を境に君は変わったね。
いや、変わったというよりも本来の君自身が目覚めたんだ。

本来の僕自身?

そう、本来の君自身。27歳までの君は言ってみれば幼虫のようなものだった。
君はね、高校生の頃から成長がほとんど止まっていたんだよ。
君もたぶん気付いていただろう?周りがどんどん成長していくのに、君は自分一人取り残されていた。
君は「大人として成長する」ということがどうしても理解できなかった。
君は内心でずっと感じていたよね。「僕は高校生の頃からまったく成長していないぞ。」って。
君は大人への入り口をずっと探していた。
あの頃君は何を考えて生きていたんだい?

僕はよくわからないんだ。
あの20代前半のあの頃、僕は霧に包まれて生きていたような気がする。
視界がまったくきかなくて、周りが見えなくて、とても不安だった。
自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか、まるでわからなかった。
周りの人たちは僕から見たらとてもスムーズに流れに乗っているように見えた。
世の中の流れにね。
でも僕は流れに乗れずにいたんだ。

流れに乗らず、君は何をやっていたの?

信じてほしいんだけど、僕は努力をしていたんだ。
「留まる努力」をね。
流れに乗った「行き先」が僕には想像できた。
僕はね、日本の大人の「目」が好きになれなかったんだ。
駅の構内とか、電車の中とかですれ違う無数の人たち。その人たちの目が僕は好きになれなかった。
好きになれないというよりも、怖かった。
理解できないんだ。なんであんなに無機質な目をしてるんだろう?
正直言うと今でも怖いと感じることはあるよ。
目は心を表わすっていうよね。目を見て怖いと感じるのは、きっと僕はその人たちの心を怖がっているんだ。
僕には日本の大人たちの心が理解できないんだ。
そりゃね、みんなが何を考えているか、だいたいのところは想像はつくよ。
空気を読めないってこととはまた別の問題なんだ。
なんていうのかな、僕は自分の中に「子供の心」の存在を感じる。
それは何にも限定されない自由な心なんだよ。
傷つきやすいし、とても感じやすい。でもとても強いんだ。
物事を決めつけずに見ようとする心なんだよ。公平さを重んじるというのかな。
僕は自分の中にそういう「子供の心」の存在を感じる。
僕がなぜ日本の大人の目が怖いのか。
それはきっと日本人の瞳の中に「子供の心」を見出せないからなんだよ。
何かとても大事なものが失われているように感じるんだ。
そしてそのことを僕はとても恐れているし、
僕が「普通の大人」になりたくなかった最大の理由なんだと思う。

言っていることはよくわかるよ。
君はね、本当にタフな心を持っている。
君は夢見るピーターパンじゃない。君は夢想家じゃないよね。
決して妄想の中で暮らしていたわけじゃない。僕はそのことをよく知っている。
君は常に現実の中にいたんだ。「子供の目」で日本の現実を見ようと努力していた。
目を閉じずに、心を閉じずに、日本社会の現実を見続けていた。
それはとても辛いことだったね。
でもね、君は幸せなんだよ。君ほど幸せな人間もいない。
だって君は生きていくうえで最も大切なものを知っているからだ。
君がなぜ「自分自身」を保てるのか、わかるかい?
「子供の心」を持ち続けられるのか、わかるかい?

僕が子供の心を持ち続けられる理由?
よくわからない。いや、わかるような気はする。でもはっきりと確信を持てない。
たまにこういう風に聞かれることがある。「なんでそんなに強いのか?」って。
僕は決して器用な人間ではないし、能力が特に優れているわけでもない。決して天才なんかじゃない。
でもね、自分の中にとても強い自分の存在を感じる。
歴史の中の偉人たちに負けないくらい、強い信念を持った自分。
僕の中の「軸」は絶対にぶれないっていう確信がある。
誰にも、何物にも、それは決して邪魔できない。
そういう点では自分でもあきれるくらい、僕は強い。
その強さっていったいどこから来ているんだろう?
僕はよくそのことを考えた。自分の中に感じるこの「信念」の根拠っていったいなんだろうって。
最近になってやっとその答えが見えてきた。
僕の強さの根拠は、僕が愛されて育ったことにあるんだね。

そう、そのとおりだ。
君が強い理由、「子供の心」を持ち続けられる理由は、君が愛されて育ったことが一番大きい。
君は無償の愛情というものを知っている。君は両親に本当に感謝しなくちゃいけない。
君は両親から愛情をじゅうぶんに注いでもらった。
幼い頃の君の写真を見ればわかる。どの写真を見ても君は満面の笑みを浮かべてる。
お母さんの手作りのセーターを着て、何がそんなに楽しいのか、バカ笑いをしてる。
君の瞳の中には、世界に対する恐怖や不安は微塵も見当たらない。
君は自分が生きている世界のことを微塵も疑っていない。
君は世界に包まれて、世界から愛されている。
君の両親は、君のことをいつも大事にしてくれたんだ。
君の家はとくに裕福ではなかったけど、何不自由することもなかった。
君の両親はとても勤勉な人たちで、きちんとした社会生活を重んじる人たちだった。
君のお父さんは夜には必ず家に帰ってきて、いつも家族一緒に食卓を囲んでいたよね。
君は両親やお姉さんに本当に良くしてもらった。
君は「もうおなかいっぱい」というくらい、無償の愛情を与えてもらったんだ。

言っている意味、よくわかるよ。そのとおりだと思う。

先ほど君は「留まる努力」ということを言っていたね。
君は世の中で立ち止まっていた。
それは流れの速い川の中で立っているようなものだった。
とても労力の要ることだった。
君は社会不安や対人恐怖に悩むようになった。
君にはわかっているよね。それらの症状は決して「病気」ではないって。
それらは「留まる努力」をしていた証であり、いわば「心の汗」のようなものなんだ。
君が赤面をするのは、君が「留まる努力」をしていたからだ。
君が人の目を見るのが怖くなったのは、君が「留まる努力」をしていたからだ。
君は子供時代に恵まれていた分、青年期にそのツケを返すことになったんだ。
ツケという言葉は適切でないかもしれない。
でも人生はプラスマイナスゼロなんだよ。取り過ぎた分は返さないといけない。
バランスを取ることが大事なんだ。
君は青年期になるにあたり、自ら世の中を理解しようと務めた。
多くの人が見ようとしないところを、君はジッと観察し続けた。
ちょうど子供が水たまりを覗き込むようにね。


でもだんだんと眺めるのが辛くなっていったね。

うん、目に力が入らなくなっていくんだ。瞳から力が失われていくんだよ。
特に公共の場でそれは起こった。電車の中とか、駅の構内とか、デパートとか。
僕はいつの間にかそういう場所に行くことが怖くなったんだ。
怖さってね、だんだん慢性化していくんだ。
予期不安をいつも感じるようになって、起きていない不安や恐怖まで恐れるようになるんだよ。
この怖さって、わかる人にしか絶対にわかってもらえないと思う。
僕が怖かったのは、僕が「普通」や「当たり前」を恐れたことなんだ。
特別なものを怖がるんなら納得できたと思う。
でも「普通」をことを恐れる自分がわからなかった。
いったい自分が何に対して恐れているのか、相手がわからなかったんだ。
「普通」を恐れる怖さって、いったい何なんだろう?

君はその答えをずっと求めていたんだね。
なぜ君はごく当たり前の日常に恐れを抱くのか?
君はこの問題を解決しない限り、本当にリラックスは得られないと考えた。
この不安や恐怖からはどこまで行っても逃げられない。
君は直観的にそう感じた。だから君は留まり続けて答えを探したんだ。
それはね、正しい選択だったよ。
君はあのまま普通に生きていたら、きっと本当に病んでいたかもしれない。
なぜなら君の感性が逃げることを許さないからだ。
君は自分で思っている以上に頭がいい。君の頭の良さは、勉強の頭の良さじゃない。
君は本質を見抜く力がずば抜けているんだ。
物事の背景にあるものをつかみ取って、全体像の中で位置づける。
君はその力においては、たぶんこの世界でトップレベルの一人だよ。
だからこそ、違和感を感じてしまうんだ。

僕にはよくわからないよ。
たしかに自分でも僕は本質を考えるのは好きだし得意だと思う。
でもね、そのことで誰かに褒めてもらったこともないし、特に認めてもらったこともない。
「君は本質を見抜く力があるね。ぜひわが社で採用したい」なんて言葉、聞いたことないもん。
それよりは「頭でいくら考えたって、実際に行動しなきゃ何の意味もないよ」っていう、
行動至上主義とでもいうべき考え方はウンザリするほど見聞きしてきたよ。
やっぱりこの国の本質は、マグロの国なんだ。回遊魚国家なんだよ。
泳ぎ続けていないと呼吸できないのが、日本の大多数の大人の本質なんだよ。
日本人は一言で言ってしまえば、マグロであり回遊魚なんだ。
行動することをやめてしまったら、呼吸できなくなって死んでしまう。
それが日本の心の病の本質だ。
この社会では本質を考えることなんて誰からも評価されない。
逆に本質なんて見ないほうがよほど賢く生きられると思うよ。
本質なんて、知らぬが花なんだ。

でも君は「本質」から逃げなかった。
逃げるどころか、君は思いきり本質を考え抜くことを自分に課した。
不器用な生き方になるのを承知のうえで、あえてケモノ道を選んだわけだね。
その結果はどうだった?
君は「当たり前の日常」に対する怖れや不安を克服することはできたいのかい?

うん、たぶん克服できたと思う。時間はかかったけど、ようやくね。
今はね、自分の中にあった不安や恐怖を、きちんと言葉にすることができるんだ。
なぜ自分が不安に感じたのか、何を恐れていたのか。
いろんな角度から説明できるようになったと思う。
怖いと感じるのは、理由がわからないからなんだ。
暗闇が怖いのと同じで、光が当たって全貌が見えれば怖いものではなくなったよ。